「えっ、この声が倍賞千恵子さんだったの?」
『ハウルの動く城』を初めて観たとき、そう感じた人は少なくないはずです。
倍賞千恵子さんといえば、『男はつらいよ』の“さくら”役でおなじみの名女優。けれど、ジブリ作品である『ハウルの動く城』では、年齢を重ねた「老ソフィ」の声を演じていて、その演技が驚くほど自然なんです。いやむしろ、あまりにリアルすぎて「これは本人の人生を投影してるのでは?」と感じてしまうほど。
実際、倍賞さんが演じたソフィの声には、経験や年齢、深み、そしてどこか母性的な包容力がにじみ出ていて、観ているこちらが思わず「うんうん」とうなずいてしまう。そんな包容力が画面の外まで伝わってくるんですよね。
たとえば、ソフィが自分に自信を持てずにいる場面。「あたしなんか美しかったことなんて一度もないわ!」と、感情を爆発させるセリフ。この声のトーンと抑揚には、ただのアニメキャラの演技では表現しきれない“人間臭さ”があるんです。倍賞さんは当時すでに60代半ば。その人生経験が、セリフのひとつひとつに“重み”として現れていました。
実はソフィの声は、若い頃と老いた姿で異なる声優を使うという話もあったそうです。でも、あえて一人で演じきったのが倍賞さん。若いソフィの声も倍賞さんが担当していますが、そこに違和感があるという声もある一方で、「若い頃から芯が強い女性って、実はこんな声だったんだろうな」と思わせるリアリティもあるんです。
何より興味深いのは、倍賞さんが演じるソフィが、年齢とともに“少女の心”を取り戻していくこと。最初は地味でおとなしくて自信がない女性だったのに、旅を通じてどんどん明るくなり、自分の感情に素直になっていく。その過程が、倍賞さんの演技とともに丁寧に描かれています。
ちょっと不器用なハウルに振り回されながらも、彼を包み込むソフィの強さと優しさ。これってまさに、「大人の女性」としての余裕ですよね。まるで倍賞さん本人の人生観そのもののようにも感じられて、グッとくるものがあります。
さらに倍賞千恵子さんのキャリアを振り返ると、これがまたすごいんです。
1954年に「ひばりの赤ちゃん」という曲で歌手デビューし、1961年には松竹映画にスカウトされて女優としても本格的に活動を始めました。『下町の太陽』で一躍人気女優となり、以降は山田洋次監督の作品に数多く出演。特に『男はつらいよ』シリーズでの“寅さんの妹”さくら役は、日本中の家庭に親しまれる存在となりました。
実は、山田監督とは60本以上もの映画でタッグを組んでいて、世界でも類を見ない監督と女優の長期コンビ。しかも私的なスキャンダルが一切ない、まさにプロフェッショナルな関係を貫いてきたのです。
そんな彼女が、『ハウルの動く城』でアニメーションの世界に飛び込んだのが2004年。ジブリ作品は声優の演技力が問われることで有名ですが、倍賞さんはそのプレッシャーを一切感じさせず、むしろ他の若手声優たちをリードするような存在感を発揮しました。
また、主題歌『世界の約束』も彼女が担当。透明感のあるソプラノで、この曲がまた映画のラストにピッタリ。映画が終わった後に、じわじわと感動が押し寄せてくるのは、彼女の歌声の力もあるんですよね。
ちなみに倍賞さんは、アニメ作品でも他に『天気の子』や『機動戦士ガンダム』などにも出演しており、声優としての活動も意外に幅広いんです。
そしてもうひとつ、倍賞さんが演じた「ソフィ」のようなシニア女性像を、彼女自身の他作品にも見て取れるのが『ホノカアボーイ』。ハワイの小さな町で若い青年と心を通わせるビーさんという役どころが、まさに“自由で、優しくて、ちょっぴりチャーミングなシニア女性”。年齢を重ねた女性ならではの美しさや、人生の余裕がしっかりと描かれていて、多くの女性から「こんなふうに歳を取りたい」と支持された作品です。
実際、倍賞さんの生き方そのものがソフィに重なる部分もあります。2001年には乳がんが発覚し、治療と向き合いながらも芸能活動を続けてきました。その後はピンクリボン運動にも積極的に参加し、自らの経験を語ることで多くの女性たちを励ましてきたのです。
彼女は2023年には映画『PLAN 75』で主演を務め、再びその演技力が高く評価されました。この映画でも“老い”をテーマにしていて、ソフィのように年齢とともに内面の美しさが輝く女性を演じています。
倍賞さんのような“かっこいいシニア女性”って、実は日本の映画界ではとても貴重な存在です。年齢を重ねることで役の幅が狭まるどころか、むしろ深みが増している。その代表が、まさにソフィなんですよね。
これからも彼女は、きっと私たちに「年を取るって素敵なことなんだよ」と教えてくれる存在であり続けるでしょう。
『ハウルの動く城』を観るたびに、「倍賞千恵子さんの声じゃなきゃ、このソフィじゃなかった」と思う。そのくらい、あの声には魔法がかかっていたんだと思います。
実は、『ハウルの動く城』での倍賞千恵子さんの演技が称賛されているのは、日本だけではないんです。海外のジブリファンの間でも「ソフィの声が心にしみた」「倍賞のソフィがいたから作品が完成した」と言われるほどで、字幕版では味わえない“日本語の美しさ”として高く評価されているんです。
それもそのはず。倍賞さんは、若い頃から発声と滑舌、感情の込め方に一切の妥協をしてこなかったプロ中のプロ。舞台で培われた台詞回しと、日本語のリズムを大切にする姿勢が、そのままソフィの声に反映されているんですよね。
声って、不思議なもので、その人の人柄がにじみ出るもの。倍賞さんの声には、どこか懐かしさと優しさがあって、包み込まれるような安心感がある。おばあちゃんだけどおばあちゃんすぎず、少女のような軽やかさも残っていて、ソフィというキャラクターの“二面性”を見事に表現しているんです。
ところで、倍賞さんってどんな人なの?と改めてプロフィールを見てみると、その歩んできた人生が本当に濃い。
1941年に東京都豊島区で生まれ、戦時中は茨城県へ疎開。都電の運転士だった父と車掌だった母という、まさに“昭和の下町ファミリー”に育てられました。幼少期から歌が大好きで、「のど自慢荒らし」としてその名を轟かせていたとか。1957年には松竹音楽舞踊学校に進み、1960年には首席で卒業。松竹歌劇団(SKD)に入団したというから、もうエリート中のエリートです。
そこから映画女優としての道が開けていき、『下町の太陽』で国民的スターに。そして、あの『男はつらいよ』シリーズで渥美清さん演じる“寅さん”の妹・さくら役を演じ、なんと50作近くに出演したというから驚きです。
しかも、この“さくら”という役がまた絶妙で、強くて優しくて、でもたまに泣いちゃう不器用な女性。倍賞さんの人柄がそのまま滲み出ていて、「本当にこういうお姉さんがいたらなあ」と多くの人が思ったはず。
そのイメージを持ったまま『ハウルの動く城』を見ると、「ああ、やっぱり倍賞千恵子ってすごいなあ」と感じるんですよね。どんなに年を重ねても、“誰かの心に寄り添う”演技ができる。それって、ちょっとやそっとじゃできることじゃない。
彼女が近年もなお現役で活動を続けていることも、本当にすごいことなんです。2001年には乳がんを患い、手術も経験しています。でもそこから復帰し、今ではがん啓発活動にも積極的に関わっている。自身の経験を包み隠さず話し、「同じように病気と向き合っている人の力になれたら」と語るその姿勢に、もう感動しかありません。
また、2023年には映画『PLAN 75』に主演し、80代とは思えない若々しさと繊細な演技で再び脚光を浴びました。この作品では、「高齢者が自主的に安楽死を選ぶ制度」という重たいテーマが描かれており、その中で倍賞さんは一人の女性の葛藤と向き合う姿をリアルに演じきっています。
これだけ長いキャリアを歩みながら、常に新しいチャレンジを続ける姿は、まさに“生涯現役”。それはまさに、ソフィが年齢に関係なく愛されるキャラクターであることとも、どこか重なって見えるんですよね。
ソフィもまた、「老いた女性だから」と引っ込むのではなく、むしろ人生の後半でこそ輝きを増す存在として描かれている。倍賞さんの人生そのものが、まさにソフィとリンクしているわけです。
そして、ソフィの物語を通じて、倍賞さんはこんなメッセージを私たちに届けてくれている気がします。
「何歳になっても、やりたいことはできる」
「誰かを大切に思う気持ちは、年齢に関係ない」
「年齢を重ねた自分を、誇っていいんだよ」
『ハウルの動く城』が公開されてから20年近く経った今でも、あの映画が愛され続けているのは、ソフィというキャラクターの普遍的な魅力と、倍賞千恵子という存在があったからこそ。
ソフィの声を聴くたびに、心が温かくなる。そんな経験を、ぜひもう一度味わってみてくださいね。
まとめ
倍賞千恵子は、日本映画界を代表する名女優であり、声優としても唯一無二の存在感を放っています。
『ハウルの動く城』で演じたソフィの声は、年齢を重ねた女性だからこそ出せる深みと包容力に満ちており、観る者の心を優しく包み込みました。
若さと老いを一人で演じ分けるその技量は、単なる演技力だけではなく、長年の人生経験がにじみ出たものです。
彼女の歩んできたキャリア、乳がんとの闘い、そして再び脚光を浴びた近年の活躍は、まさに“生涯現役”の象徴といえるでしょう。
倍賞千恵子という女優の魅力は、これからも色あせることはありません。
彼女の声に再び耳を傾ければ、人生を肯定する温かな力が、きっとあなたの心にも届くはずです。